2006年05月11日

怒るという行為。

■昨日ふと「あなたは家でも会社でも怒っていて,社会にも怒っているのね」と妻に言われました(anger management中でここ1週間以上,家では怒っていないのですが・・・)。その言葉はあながち間違っていないので, 妻の感情を思うと僕も寂しくなってしまいました。そこでふと振り返り,どうあるべきかを考えました。
■「怒ってはいけないのか?」と考えると,そうではないと思います。何故ならば,多くの場面において「怒」 という感情があるからこそ伝わることがあるからです。それは家庭内でもそうだし,会社でもそうだし,社会に対してもそうだと思います。 怒る根拠が正当であるならば,それは必要な自己表現だと思います。
■「子供に危険が及ぶのを止めない妻を怒る夫」,「約束した仕事を当たり前にこなせない部下を怒る上司」,「おかしな社会ルール(増税, 天下り,電車マナーほか)やテレビ番組(暴力的なバラエティや偏った報道ほか)に怒る市民」・・・僕は,当たり前の感情として「怒」 を表現して良いと思います。
■褒めることと甘やかすことは違いますし,怒ることと乱暴であることは違います。だから,正当な「怒」はあっても良いと思います。しかし, 「怒ったこと」を他言する行為は慎むべきであり,その配慮が僕には足りなかったと反省しています。また, それが冒頭の妻の表現につながったのだと思っています。
■僕は,周囲にあったケーススタディとして,僕が思ったことを喋る機会が良くありますが,それによる負のインパクトが大きいならば,それは辞めるべきかと思いました。その反面,正の効果(ケーススタディによる周囲の人の学習効果)が減ぜられることは残念だと思います。
■目下,今後どうするかについて悩み中です。


コメントを投稿

  コメント投稿後の表示には管理者の承認プロセスがあります。
  ご了承ください。